たったひとつの冴えたやりかた(と、あくまで言い張っており)
友人にまあそれは大酒飲みがいて、仮にMとしておこう。
Mは飲みに出たら朝まで帰らない、銭湯行って来らぁと言えば結局飲んじゃって朝まで帰らない、ちょっとコンビニまで…と出かけたらどういうわけか飲んじゃって朝まで帰らない。
正月三が日は常に一升瓶を片手に行動してるような人間だったのだが、嫁もいれば子供もいる立派な大人の男でもある。
「ようそんなんで嫁はんキレへんな」
半ば呆れて僕が聞くと彼は
「そらええ旦那とは言い難いけど、嫁は俺のこと尊敬しとるからな」
などとのたまう。
「お前のどこに尊敬するとこがあるねん」
「そらまず、嫁の友達は全力でもてなす。楽しませる。そしたら友人たちの間でお宅の旦那さんはほんまにええ人やねえとなる。嫁も嫌な気はせんわな」
なるほど、一理ある。一理は。
「後やっぱ、N◯Kの集金をビシッと追い返せる。俺は頼りがいあるねん」
「そこは払わんかい」(インターネットはオープンな場なので一応こう言っておきます)
「どんなしつこい、怖い集金人も一発で追い返せる方法を開発したからな。これは覚えといた方がええで」
そう言われると一体どんなテクニックを駆使しているのか、蠱惑的ではある。
まあ使う機会もそうないだろうが、教えてくれと頼んだ。
「いつやったかな、家でテレビ見とったら嫁が俺を呼ぶんや」
「何かあったんか」
「そう。俺も何や思うて行ったら、玄関に茶髪の男が立っとる。N◯Kです~言うて。嫁もうっかりドア開けてもうたんやな」
「普段は居留守なんかい」
「ひと目で分かったで、これは何回も追い返した果てに来る、百戦錬磨の集金人や。ちょっとやそっとでは引き下がらん雰囲気があった」
「カッコよく言うな。やっぱテレビ置いてないんで~は通用せえへんか?」
「あかんあかん。そんなもん百万回言われてるで。分からんけどマニュアルとかあるんちゃうか?対処バッチリや。そもそもリビングから思くそテレビの音してるし」
「絶体絶命やん」
「せや。どーしたもんかいなあと思うてんけど、一瞬でピーンと閃いた」
「おお?」
「コツはな、まず目線を曖昧にする。微妙に焦点があってない感じな」
「アホみたいな顔すなよ」
「何言うねん。アホみたいな顔が大事なんや。そんでなそのまんま、ボンヤリこう言うねん」
「あのー、いま、おかあさんとおとうさんがいないんで、わかりません」
「こわっ」
怖い怖い怖い怖い。
見た目完全な大人がそのセリフを言うのは絶対怖い。
「いや、お前、お父さんお母さんて…お前が家主やろ!?」
「せや、世帯主や。大大黒柱(おおだいこくばしら)や」
「後ろに嫁はんおるんやろ!?」
「おう。なんならそん時、臨月やったわ」
狂ってる。
さてさて家主が出てきたぞ。どう言って受信料を徴収しようかと手ぐすね引いていたN◯Kの集金人のおにいさんの心中はいかばかりか…!?
「それほんまに怖いねんけど、向こうどないしたん?」
「はっ…!?あ…!?え…!?ええーーー…!?言うてたわ」
「そら言うやろ」
「あの…えっ…ご主人様では…ないんですか?て聞いてきたな」
「そら言うやろ」
「あのー、いま、おかあさんとおとうさんがいないんで、わかりません」
「いやだから怖いねんそれほんまに怖い」
「後はこれの繰り返しや。向こうも、いやお前が家主やろが!!!て頭はたくワケにもいかんやろしな。でもさすがプロやで」
「どしたん?」
「お父さんとお母さんはいつ頃帰ってのかな~?て優しく聞いてきたわ」
「複雑な家庭やと判断されたんと違うか」
「そこでもっかい、おかあさんとおとうさんがいないんで……」
「もうそれやめろや!!!」
「そしたら、また来ます~言うて帰っていったわ。もう来んようなったけどな」
「怖い家やからや」
「これが俺が編み出した必勝法やな。マネしてええで」
「結構です」
まあそんなこんなで、絶対真似したくない嫌なライフハックを授けてくれたMであったが、忘れてはいけない。この話は「いかに嫁からの尊敬を得ているか」の話だったはずだ。
「そんで、お前が複雑な家の子を演じてる間、嫁はんはどうしててん?」
「リビングからこっち覗きながら爆笑してた」
「なんでやねん」
「嫁は俺のそういうとこが好きらしいからなあ」
「なんでやねん」
幸せそうで何よりである。